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残響ピクニック / fishing with john
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【DDCM-5004】04.04.07発売 2,300円
アコースティックギターを幾多も重ねて綴られた、ミニマルな日々を彩る、叙情派ポストロックサウンド。
■収録曲
01.読みかけの夏
02.ウサギ泥棒
03.落下する6月
04.スケッチリバーブ
05.公園スナイプ
06.7月32日の短編
07.ベランダに薫る
08.稲穂のサーフィング
09.夕方ループ
10.11月の秘密
11.団地の中を夜中散歩する2人
CDは現在廃盤です。
配信でのみご購入いただけます。
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「このレコード、ある夏の日。ジョンのための手記。」
レコーディングは2001年の夏のある日、唐突に始まりました。
西日のきつい自室の窓からかすかに聞こえてくる近所の犬の鳴き声をBGMに、漫然と読書に取り組んでいた僕はふとした瞬間その手を止め、無意識のうちに傍らのギターに手を伸ばし、何気なくひとつのフレーズを奏でてみたのです。
その解放弦を活かした独特の響きを持ったコードは空中に真直ぐに放たれ、やがて読みかけの本のページの上に静かに落下し、時たま生ぬるい微風が入り込むその空間に頼り無く、しかしある意志を持って、その残響を示したのでした。
犬の鳴き声はまるで歌声のように遠くで発信され、僕のギターに同調しました。
僕はその場でマイクを立てて、あっという間にその夏の午後の瞬間に聞こえたサウンドを捕らえました。
僕は偶然に出来上がったそのサウンドを何度も何度も繰り返し聴き、なぜか、「彼女の広げた教科書のうえにラジオから流れるヒット曲が溶けていった」という古い歌を思い出し、ああ、あれは誰のなんて歌だったかなと考えながら、唐突に誕生したその楽曲をきっかけとして、断続的に釣り上げられた日常の音楽を集めてレコードとして発表するという、ささやかながら壮大な計画を立てたのでした。
そうして出来上がったのがこのレコードです。
ここに収められた楽曲のすべての残響は聴き終わった後の日常に浮遊し、そのまま団地や川べりや公園やベランダに溶け、メロディーはこころのなかでいつまでもループするのです。
fishing with john 五十嵐裕輔
■コメント
音楽をどこまでも欲する気持ちというのは、遠い記憶の中で桃源郷を追い求める作業に似ているかもしれない、と思うことがある。桃源郷はあるのか。おそらくないだろう。だが、決して幻想などでもない。信じる者の記憶の片隅に、ありふれた姿でそっと顔を出すものだからだ。このfishing with johnを聴いて感じたのは、まさにそういうことだった。私には見える。この11曲の中に潜むまばゆい日常の楽園が。あなたも見ることができるだろうか。
岡村詩野(kitten)
僕は本作の首謀者である五十嵐祐輔という男とは10年来の親友なのだが、この作品集には、彼の常につつましやかで控え目でありながらも、時に頑固なまでに自らの意志や決意を貫いていこうとする、その人となりが一切の虚飾なしに表出していると思う。つまり、日常の具体音を散りばめたこの音像は、ある意味、彼の日常生活に貼り付いている、言葉では非常に形容し難い感情の集積なのではないかと。それは静謐なロマンティシズムに彩られた、しかし、決して安易なドラマトゥルギーに頼ることのない、水墨画のごときモノクロームの世界である。ある時は小津安二郎の映画のように、またある時は保坂和志の小説のように、淡々と、黙々と、辿り着くことを知らずどこまでも流れ続ける音のせせらぎ。
このディスクは、再生を終えたあとでも、あなたの耳のそばに寄り添い、あなたの生活の一部として鳴り響こうとするだろう。もちろん、それを拒むことなどない。ただ身を委ねさえすれば、あなたの時間はいつもよりゆっくりと時と刻み始めるはずだ。
土佐有明(ライター)
まるで見知らぬ友人からの手紙のように何度か送られてきたMD、そこから聴こえてきたのは、なんとも心地よい音楽だった。牧歌的でありながら、凛としていて、豊かな曲想と繊細な細部とが、すっきりと調和している。
この優しき音楽家のデビューを心より喜びたい。
佐々木 敦(HEADZ/FADER)